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福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)252号 判決 1974年9月11日

控訴人

小林春男

牧山武夫

右両名訴訟代理人

清川明

被控訴人

大村市農業協同組合

右代表者・理事

高木隆虎

右訴訟代理人

古賀野茂見

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人小林は養豚、食肉販売業者であり、控訴人牧山は養豚業者であるところ、昭和四二年一一月七日、被控訴人の開設する家畜市場において、控訴人小林が子豚九六頭を、控訴人牧山が子豚四七頭をそれぞれ購入したことは、当事者間に争いがない。

而して、<証拠>によると、控訴人らが購入した右子豚の中にはいずれも豚コレラではないが細菌性疾患にかかっていた子豚(以下本件保菌子豚という。)が存していて、本件保菌子豚ばかりでなく、その病菌の感染により、控訴人らが保有していた他の豚も死亡するに至つたが、本件保菌子豚は、島原市居住の訴外早稲田薫が福岡市南八幡町古波蔵利太郎の養豚場から、約二週間下痢症状を呈し続けていた子豚四〇頭を同月六日長崎県内に搬入し、同日諫早市のせり市にかけて二頭を売却し、残りの子豚を被控訴人開設の家畜市場にせりに出した子豚の一部であったことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

二そこで、控訴人らが本件保菌子豚を購入するに至ったのは、被控訴人が市場開設者としての義務を怠つた結果による旨の控訴人らの主張について判断する。

1  被控訴人には、本件保菌子豚の市場引き入れに際し、豚コレラ予防注射証明書を徴しなかつた義務違反が存するという点について。

<証拠>を総合すると、本件保菌子豚は福岡県から長崎県へ移動されたのであるから、右移動は、家畜保健衛生所の豚コレラにかかつていない旨の証明書とともにしなければならないのに、前記早稲田は、その移動につき右証明書の発行を受けないで移動し、これを前記認定のように一旦諌早市のせり市にかけ、その際、取引できなかつた豚数のコレラ予防注射証明書の返却を受け、右証明書を用いて被控訴人開設の家畜市場への本件保菌子豚の引き入れを申し込んだのであるが、右受付に当つた当時被控訴人組合に勤務していた白浜義則は、前記早稲田がそれまで数回被控訴人開設の家畜市場に豚を引き入れたことがあつて面識があり、かつ、前記のように豚コレラ予防注射証明書の提出があつたので、前記早稲田が引き入れる子豚が病菌を保有しているなど全く気付かず、県内産の子豚としてその引き入れを許容したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうだとすると、被控訴人に、本件保菌子豚の市場引き入れについて豚コレラ予防注射証明書を徴さなかつた義務違反があるとはいえない。

2  獣医師の配置、獣医師による検査を怠り、病豚の発見を怠つた過失があるという点について。

家畜取引法第一三条によると、「開設者は、家畜市場の開場日には、当該家畜市場に獣医師を配置し、家畜取引の当事者の要求があるときは、いつでもその獣医師に家畜が疾病にかかつているかどうかの検査を行わせなければならない。」と獣医師による検査について規定し、同法第四条、同法施行規則第二条によると、開設者は、その業務規程に右獣医師による検査の手続に関する事項についての記載を義務づけているところ、被控訴人組合家畜市場業務規程に、獣医師による検査の手続について、「獣医師は、市場の開場時間中市場において入場家畜の検査を行なうものとする。」と、他面家畜の市場引き入れについて、この市場に家畜を引き入れようとする者は、その家畜につき検査場において獣医師による検査を受けなければならない旨の規定があることは、当事者間に争いがない。

以上によると、市場開設者たる被控訴人組合は、その市場開設日には、獣医師を市場に現実に臨場させ、家畜取引当事者の要求があれば、直ちにそれに応じうる態勢をととのえる義務を負うが、獣医師をして入場家畜全部を検査せしめる義務はなく、家畜市場引き入れの家畜の検査については、その検査を受ける義務を家畜引き入れ当事者に負わせ、獣医師は家畜取引当事者の要求がある場合にのみこれに応ずれば足りるものと解されるところ、<証拠>によると、本件保菌子豚が取引された当時、被控訴人組合においては、市場を毎月七、一七、二七の日に開催し、獣医師山田長年に家畜の検査を委嘱し、同獣医師に、市場開催日には、取引当事者の要求があればいつでも臨場して検査の申出に応ずることができるよう待機しておくことを依頼し、右委嘱を受けた同獣医師は、約七年間その委嘱を受け、この間月一回程度自発的に臨場し、他は待機していたが、家畜取引当事者からの検査の申出は数える程しかなかつたこと、そして、本件保菌子豚の取引に際しては、当日同獣医師は臨場しないで待機していたが、家畜取引当事者からの検査の申出は全くなく、控訴人両名は、右のような被控訴人組合開設の家畜市場での従来の家畜検査についての実情を知悉し、本件保菌子豚が獣医師による検査を受けていないことを十分知りながらその取引をしたものであることが認められるので、獣医師の配置の点については、これを配置したとはいえないけれども、その結果本件保菌子豚の発見ができなかつたものであるとはいえないし、また家畜取引当事者の検査の申出がなかつたため本件保菌子豚について獣医師による検査がなされなかつたものであるから、獣医師による検査を怠つたといえないことも明らかである。

<証拠判断省略>

そうだとすると、控訴人らが本件保菌子豚を購入するに至つたのは、被控訴人が市場開設者としての義務を怠つた結果によるとはいえないので、控訴人らの本訴各請求は、爾余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない《以下、省略》

(内田八朔 美山和義 田中貞和)

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